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自助活動の広がり、「自分自身で、共に」

今、浦河で活発に行われてきた統合失調症などの精神障害を体験した当事者たちの自助活動が他の地域へと波及し、札幌や苫小牧などでも活気を帯びて来ている。
精神科リハビリテーションは、トータルリハビリテーションの理念のもとに、薬物・心理・社会的アプローチが必須となっているが、そうした専門家のアプローチに対して、当事者自身が、政治的・社会的要求の実現、当事者間の相互交流と支援、地域社会への啓発を目的に活動する自助グループの役割の重要性がますます強調されてきている。
浦河べてるの家においては、30年前から回復者クラブ「どんぐりの会」が母体となり、精神保健分野における当事者活動を活発に行ってきた。2001年からは、日本は元よりアジアでも先駆的とも言えるS・A(Schizophrenics Anonymous)の活動がはじまり、統合失調症を体験した当事者の自主的な運営により続いている。
浦河は地域柄、アルコール依存症者がとても多い。依存症の当事者もべてるの家の活動に参加し、夜はA・A活動に参加している。統合失調症とアルコールのメンバーが共に働く光景は、全国的には、稀なケースであるかもしれない。
同じ職場仲間である依存症者が、ほぼ毎日のように「12のステップ」を用いて回復に向けたミーティングを行う光景に触れながら、当事者間の日常的な交流の中から「生きることの不器用さでは、アルコールも、分裂病も同じだよね」という共感の土壌を育んできた。
そのように積極的に地域に出向き、事業を興し、病気の体験をありのままに語る文化のなかで見えてきた当事者の抱える「本質的な生きづらさ」が、単なる社会サービスの充実や病気の回復を越えた実存的な課題として浮上してきたのである。
それは、アルコール依存症者が「酒だけやめても何の解決にもならない」と言う言葉に似ている。
そのことは、統合失調症の当事者の綴った次の文章によく表されている。「病気の症状が落ち着くということをあれほど望んでいたのに、いざあの不快な症状が治まってみると、いわゆる『病気じゃない』という現実の物足りなさに苛立っている自分がいる。仲間に囲まれ、充実しているはずの毎日の中で、それを、壊そうとする自分に耐えられず、感情が暴走しはじめる。そして、孤立していく。」
また、別な当事者は「被害妄想の嵐の中で、必死に耐えていた自分にある時、雲の切れ間から明かりが差すように楽に暮らせる状態がやってきたことがあります。すると私は、今度は、買い物とアルコールに浸りきる生活に陥っていました。つまり、私は、被害妄想に依存し、自分と向き合うことから逃げていたのです。」と語った。
このように、いわゆる「回復」した後が一番大変という状況は、これまであまり注目されなかった事である。抑制と管理と保護から解き放たれた当事者の素顔は、極めて人間的でデリケートな感性を持ち、生きることに喘いでいる。S・Aは、当事者のそのようなニーズのなかから生まれた。呼びかけたのは、7年間も被害妄想で引き込もっていた清水里香さんだ。
「孤独だった私。疎外感を感じ、人と目が合うと頭の中を覗かれている様で怖かった。反面、疎外感を感じながらも、ときどき感じる親切がとても嬉しかった。だめな自分を受け入れるきっかけは、人と話す事だった。自分は、自分を中々受け入れられないのに、浦河に来て周りの人は私を受け入れてくれた。そこから、だんだん肯定的に周りが見られるようになってきた。」
入院中彼女は、語ること、仲間同士の支え合いの大切さを痛感していた。
「依存症の人たちのように私達も自分を語る場がほしい」という彼女に提案したのがS・Aだった。S・Aとは、1985年にジョアンV.によってアメリカ・ミシガン州ではじまった統合失調症をかかえる当事者の自助グループである。現在は、カナダ、メキシコ、ベネズエラおよびブラジルも含めて世界各国で行われている。
http://www.nsfoundation.org/sa/

<参考資料>
                
「回復の8ステップ」

1.私は、認めます。
私には、仲間や家族、さらには専門家の力が必要な事を認めます。
私ひとりでは回復できないことを認めます。
ひとりでは生きていくことが出来ないということを認めます。
それによって助けを得ることが出来ます。
もはや、私は一人ではなく、孤独ではありません。

2.私は、信じます。
今や、私は信じるようになりました。
自分自身の中に偉大な内なる力が備えられていて、この力を用いて自分自身と仲間を助けようとしていることを。

3 .私は、理解します。
私は、様々な不快な症状、時には望まない行為によって、自分自身の感情を表現せざるを得なかったことを理解します。そして、私は、深い自分自身の感情に気付き、仲間と語り合い、分かり合う事の大切さと可能性を信じるようになりました。

4.私は、選びます。
私は、回復を望み、幸せになろうとしています。
私は、そのような自分の選択に対して、十分な責任を持ちたいと思っています。
そして、それが生きがいのある毎日を過ごすためにとても大切な選択であるということが、心の底からわかっています。

5.私は、許します。
私は、今までしてきた自分の過ちを許し、弱さを受け入れます。
同時に、私は、私を今まで様々な方法で、傷つけ害してきたあらゆる人々を許します。
そして、私自身をそれらのとらわれから解放します。

6.私は、受け入れます。
今や、私は誤った考えや自分をくじけさせる考え方が、私の失敗、恐れ、不幸を起こしてきたことを認め受け入れます。
そして、私は、今までの生き方のパターンを根本的に変える準備が出来ています。
これによって私の人生は変わるでしょう。

7.私は委ねます。
私は、私を超えた偉大な力に自分の人生を委ねる決心をしました。
今までの自分のありのままを委ねます。
私は、私自身が深いところで変えられることを願います。

8.私は、伝えます。
私は、精神障害という有用な体験を通じて学んだ生き方のメッセージを、仲間や家族そして社会に伝えてきます。

ステップの作成にあたっては、英語が得意なメンバーの山本賀代さん等も参加し、当事者が中心になって、日本語に翻訳されているものと、英語の原文と、A・Aのステップとを比較検討し、また、浦河での当事者としての経験や文化に合うようにオリジナルに改良していった。例えば「私は降参します」を「私は認めます」にして、ステップ3に「自分のコントロール障害」の視点を加え、もともと6つステップだったものを、2つ加えて8つのステップにし、馴染みの言葉に置き換える工夫を重ねた。もともとのマニュアルには「幻覚・妄想があり、ミーティングについていけない人は遠慮していただく」という趣旨の文言があったが浦河では適用していない。
浦河でのS・A発足のきっかけをつくった清水里香さんが統合失調症(精神分裂病)という病名を主治医である川村先生からもらったとき、「仲間と同じ病名でよかった」という感想を語ったというエピソードは、べてるの歴史的名言のひとつである。
今では、札幌や苫小牧でもS・Aの当事者グループができ、当事者で自主的に運営しながら、豊かにつながり、語り合っている。S・Aという病気で苦労しながらも堂々と生きることのできる場作りを通じて、自助グループの持つ意味の大きさをあらためて感じる。

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