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みんなで活用する「ピアSST」

こんにちは、伊藤知之です。今回は「ピアSST」について紹介したいと思います。

「ピアSST」は、精神障がい者が仲間同士のピアサポートのために行うSSTで、グループセッションとして行うもの、個人SSTとして1対1で行うものがあります。

「SST」とは「Social Skills Training(生活技能訓練)」の略で、コミュニケーションの課題を抱えている仲間が具体的な日常生活におけるコミュニケーションの課題などを練習し、実際の場面に備えるもので、認知行動療法のひとつです。浦河では1992年から浦河ベてるの家の事業(日高昆布の産直など)の中にSSTが導入され、当事者の暮らしの中に活用され、幻聴などの症状などへの対処など、「ピアSST」も含めて独自の発展をして、私たちの生活にも深く根付いており、何かというとすぐ「SSTしよう」という声が持ち上がります。

SSTは、精神科治療やリハビリテーションにおける治療のツールとして開発され、導入が図られてきましたが、エンパワメント・アプローチと言われるように、精神障がい当事者が自らの権利を守るため、さらには弱い立場にある自分たちがさまざまな場面で自分の考え、気持ちを伝えるために活用される必要があります。

浦河では、2014年に精神科病棟が休棟(2020年度廃止)になり、多くの仲間がグループホームなどの地域に出て生活しています。この中で地域生活を送る上で避けることのできない苦労をたくさん経験します。そこで、生活をスムースにしていくために、私たちは仲間が主体的に行う「ピアSST」を推奨したいと思います。

SSTとの出会い

ここで、私自身のピアSSTの事例を紹介したいと思います。私は、大学在学中に、通学の路上で大学の近くの高校の女子学生から悪口を言われている感覚になり(今にして思えば幻聴だったのでしょう)、統合失調症を発症しました。その後、大学在学中に精神科を受診し、服薬によって幻聴はある程度収まりました。大学卒業後は、べてるのある浦河町にある北海道庁の出先機関に就職し配属され、生活保護業務でべてるの仲間の生活保護の受付、訪問などを仕事として行うようになりましたが、人間関係で苦労し、仕事でもミスを多発していたため、次第に閑職に追いやられるようになりました。

そうした中で、当時の上司に勧められて参加した浦河赤十字病院精神科で行われていたSSTに何度か参加するようになりました。当時の私は、厳しい父親に「自分は統合失調症だ」ということを何年も言えていなかったため、これではいけないと思い、SSTの場で練習を決意し、練習相手に仲間になってもらい練習をしました。しかし、頭の中では相手役は仲間だとはわかってはいましたが、いざ父親に伝えることを想定して練習する段階になると、硬直してしまい、思ったように言葉が出てきませんでした。その時に応援をしてくれたのが、一緒にSSTに参加していた何人の仲間でした。私のぎこちない練習の良かった点をいくつかあげてもらい、私も安心し、のちに無事父親にも病気のことを伝えることができました。今にして思うとこれも仲間の応援を受けながら行うピアSSTのひとつだったのでしょう。

べてるの家の商売とSST

浦河ベてるの家は、1978年、北海道日高東部地域(えりも・様似・浦河・三石町)における精神保健福祉活動の一環として立ち上がった精神障害を持つ当事者の自助活動がベースになっています。活動のはじまりは1983年、早坂潔氏、宮島美智子氏(牧師夫人)等が中心となり、教会の牧師館を借りてメンバーの仕事づくりを目的に日高昆布の袋づめの下請け作業を開始したことに端を発しています。翌年には、古い教会堂(浦河教会)を拠点に、当事者の経験を活かした起業による地域貢献、「街づくり」の地域活動拠点として「浦河べてるの家」が発足しました。
活動理念は、「地域のために」「社会復帰から社会進出へ」「三度の飯よりミーティング」など、精神障害を経験した当事者自身が、「地域のかかえる苦労への参加」の手段としてビジネスー起業に挑戦し、過疎化が進み事業所の撤退や閉店する店が相次ぐ中で、日高昆布の産直・出版事業、会社を設立して介護保険事業に進出しました。
以上のように、原材料の発注やお客さんとの対応、販売などべてるには、さまざまなコミュニケーションスキルを要する場面が多くあり、それに対してSSTは有効なツールとなったのです。そこから2001年には、「当事者研究」が生まれ、自助活動に取り入れられるようになりました。

SST導入の歩みと活用

SSTは、周知のように認知行動療法をベースにリバーマン(R. P. Liberman)らによって開発され、精神保健福祉領域においては1988年に東大病院デイホスピタルでUCLAのP・リバーマンによって我が国に紹介されたことを契機に関心を呼び、普及が図られてきたものです。SSTは、1994年4月からは「入院生活技能訓練療法」として精神科の診療報酬にも組み込まれ普及が図られてきました。
そのSSTが、浦河にもたらされたのは1991年です。札幌市で開催された前田ケイ氏(ルーテル学院大学名誉教授)が、保健師向けに精神障害リハビリテーションの動向について講演する機会があり、それを当時、浦河赤十字病院でソーシャルワーカーをしていた向谷地生良氏が聴いたのが最初でした。そこで知ったSSTの持つ基本理念である「エンパワメント・アプローチ」が、べてるの家が大事にしてきた「自分の苦労を取り戻す」という理念と共通していると感じ、それが世界の精神障害者リハビリテーションの新たな潮流となっていることで自信を得たのでした。
それがきっかけとなり1992年7月には前田ケイ氏を浦河に招きSSTの講演会を催し、北海道のソーシャルワーカー協会でも毎年1回、前田ケイ氏を招いて、研修会を開くようになりました。特筆すべきことは、1994年に「入院生活技能訓練療法」としてSSTが診療報酬として算定できるようになったとき、浦河ではすでにメンバーたちが中心となってSSTを始めていました。そこで、浦河赤十字病院精神科病棟でSSTを導入するときには、べてるの家の早坂潔氏らが講師になって精神科スタッフへのSSTの紹介と導入のサポートを行いました。

SSTと当事者研究

SSTは、誰もが持つ「受信・処理・発信」のプロセスを重視しますが、SSTをやりはじめてわかったのは、「何を練習するか」という課題は、そう簡単には見つからないこと、そして、その人自身の「生活感」の有無が大切になってくるということです。
しかも「電波をかけられて困っている」という困り感を、どのように受け止め、SSTの練習課題として扱うかは難しいテーマでした。そこで、練習とは別に徹底して本人の訴えを聴いて、みんなでいっしょに考えるプロセス(何が起きているのか・どう理解し、対処すべきか・出来事の意味を考える・対処した結果を踏まえた次の対処を考える)を大事すると、みんなの中から、練習課題がどんどん出てくるようになったのです。
そうすることによって、SSTは活発化し、メンバーやスタッフにとって無くてはならない日常のツールになったのです。そして、SSTを活性化するために「共に考えるプロセス」が、「当事者研究」という新たな活動を生み出す契機となっていきました。そのようにして、当事者研究とSSTは車の両輪として発展してきました。

SSTと自助活動

精神科の治療プログラムは、専門家がリードして、専門家がさまざまな療法やツールを駆使して使うというのが従来のスタイルでしたが、エンパワメント・アプローチであるSSTは、当事者が主体的に協同するという可能性の道を開いたような気がします。少なくとも、浦河ではそうでした。そのような中で、この地域でも、2000年頃までは、地域で暮らすというよりは、入院中心、医療中心の時代でした。しかし、1970年代の半ばに、浦河で自助活動がはじまり、それが浦河べてるの家(1984)を生み、地域に少しずつ住む場所と活動拠点が出来上がると、地域の中でリアルに生きる苦労を実感するようになりました。
起きた変化は、今までだと、専門家への“苦労の丸投げ状態”に陥りやすかったのが、仲間に相談し、「練習すればいい」という発想が生まれ、必要以上に専門家に頼らず、仲間や身近な人たちと協力しながら、自ら経験を積み重ねていくということにつながりました。そこで生まれたのが、SSTを狭い意味での治療手段として使うのではなく、自助の手立てとして用いるという当事者文化が浦河ではじまったのです。
浦河では、通常のSSTの基本モデルにおいても、自然に当事者がリーダーをすることも多く、それ以外でも、日常生活を送る中で何かあったときには、その場に居る人同士が即興で練習をする、研究するという文化が根付いています。そのような場の文化を育むことにおいて自助グループの果たす役割は大きいものがあります。自助活動が育っていないと、日常生活のなかでのピアSSTは難しいと言えます。

ピアSSTを育む場(土壌)

ピアSSTは、先にも述べたように、北海道浦河における精神障害を経験した当事者の起業を目指した地域活動で共有された次の理念と活動の中から生まれたものですが、私たちはあらためて「ピアSST」をすすめる上で大切にすべきことを以下のように整理しました。

<基本理念>
まずは、基本理念として以下のことを整理しました。

①人に管理、保護された「安全」ではなく、苦労を重ねながらみんなで一緒に創り出していく「安心」を重視する

②「病気や障害」の体験には、生き方や暮らし方に関する大切な経験が含まれている

③安心して働ける職場づくりをめざすための、「弱さの情報公開」が出来る環境

④事業の運営に積極的に参加し、責任と役割を持つこと

⑤地域社会のかかえる課題の担い手になる

<場の特徴と工夫>
以上の理念に基づき、活動をすすめる上で、次のようなことを大切にしています。

①SSTの持つ人間の成長観を活かす
SSTは、「希望志向」のプログラムであるところに特徴があります。具体的には、「何が問題か」ではなく、「何を実現したいのか」からはじまるということです。それを促すための工夫としてSSTは、「良かったところ」「更に良くする点」の発想に貫かれています。その発想を、プログラムの中だけではなく、場の文化として活かすために、浦河では、あらゆるミーティング、打ち合わせが「苦労していること」「良かったところ」「更に良くする点」の三点を基調として進められています。

②カンファレンスの主催者はメンバー
浦河では、いろいろと悩み事、困りごとがあると、メンバーの方から「カンファレンスをお願いします」という声が上がります。そして開かれるカンファレンスの主催者は、メンバー自身であり、主催者としてのメンバーの挨拶からはじまり、感想(今日の発見)によって終わります。

④経営の担い手になる
起業をめざしてはじまったべてるですが、売り上げや販売計画の立案、実際の事業運営へのメンバー自身の参加を大切にしています。

⑤フラットで多様性を大切にした運営
べてるが大切にしてきた組織運営のイメージは「黒土のような場」をつくることです。多様な微生物、土壌細菌によって生まれる黒土から生まれる美味しい作物のイメージを大事にしてきました。
「問題だらけ」の私たちの日常ですが、それは、それだけさまざまな人が生きて、働いている証左でもあります。そのような場の土壌(苦労の多様性)が、ピアSSTを育むのです。

⑥言葉の文化
「いい苦労をしている」「それで順調」といった独特の言葉の文化を生み出すつながり(ナラティブ・コミュニティー)を大切にしています。

⑦さまざまな失敗や行き詰まりを許容し、そこから謙虚に学ぼうとする文化
さまざまな問題や行き詰まりを、大切な経験の一部として、常に学ぼうとする「ジャスト・カルチャー」の組織文化が、場を活性化させます。

⑧地域のネットワークとの連携
一人ひとりの生きにくさや困りごとは、常に環境やその人自身が生きる場とのつながりにおいて理解する必要があります。

<ピアSSTの特徴と工夫>
ピアSSTにおいて大切にしている点は、以下の通りです。

①対等性
ピアSSTでは、いつも、誰もが対等であることを大切にしています。

②時間と場所を選ばない
ピアSSTの持ち味は、いつでも、どこでも、必要な時に、一人でも(一人ピアSST)できることです。

③「いま、ここで」の即興文化
計画され、用意されたものではなく、即興的に生まれるハプニングを重視します。

④言葉を生み出す
専門家が用いる専門用語ではなく、自分のことを、自分の言葉で説明することを大切にしています。

⑤当事者研究との連携
当事者研究がピアSSTをよりリアルで、豊かなものにします。

⑥自助活動との連携
回復者クラブ活動など精神障害者の権利や社会的な環境の改善に向けた取り組みへの参加と連帯が、ピアSSTの活動の幅を広げることにつながります。

ピアSSTの可能性

ピアSSTの活動が大切にしてきたことは、世界の精神障害者リハビリテーションの基本理念として受け入れられている「リカバリー」の考え方とも重なるものです。共同創造(Co-production)という言葉があるように、様々な関係者が共同する時代になっています。お互いが張り合うのではなく、共同する時代の到来は、このピアサポートやピアSSTを市民活動として展開し、広げるという可能性を示唆しています。そして、このことは専門家が独占していたケアを,当事者自身が「自分の苦労の主人公」になり,自助を行う根拠となりました。

図17

以上のピアSSTの課題としては、ピアリーダー、ピアコリーダーなどの養成も含めた学びの機会が必要と言う声が上がりました。今後、そのような機会を持てたらいいと思います。
そして、もっと大切なのは、このような当事者の自助の文化を理解し、受け入れ、共同しようとする専門家や関係者の意識変革もより重要になってくることです。その意味でも、交流を重ねながら、ピアSSTの可能性を探っていきたいと思います。

図18

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