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特集
横山譲さん退院 —37年ぶり

10月16日、浦河赤十字病院で横山譲(よこやま・ゆずる)さんの退院カンファレンスが開かれました。
横山さんが浦河日赤の7病棟に入院したのは1970年。
実に37年間の入院生活を経て、今回退院に挑戦することになりました。



退院カンファレンスの様子。
グループホームで一緒にくらすことになるメンバー、長い間退院支援をしてきたピアサポーター、ピアサポート事業を推進している保健士さん、住居支援のスタッフ等が駆けつけました。



今回退院する横山さん(真ん中)。
退院支援をしてきたピアサポーターの坂井さん(左)。
同じ住居に住む、べてるの佐々木社長(右)。



横山さんは、グループホームべてるの2階、早坂潔さんの隣の部屋に入ります。
この退院を潔さんはとても心待ちにしていました。



長い間苦楽を共にしてきた仲間。
よみがえる思い出の数々。
「譲さんは運動神経がすごくてな、昔はソフトボール大会でよくホームランを打っててな。川村先生が悔しがってたっけな。俺が入院したときは、譲さんはいつも助けてくれたよ」(潔)



横山さんの退院を担当し、支援してきた看護師の伊藤祐さん。7病棟のシーラカンスと呼ばれ、早坂潔さんが初めて7病棟に入院した中学生のとき、すでに精神科病棟に勤務していました。誰よりも浦河の精神科の歴史を知っている人。来年退職予定。



主治医の川村先生に退院の報告。
「なんか噂では、退院するんだって?(笑)」(川村)



外来の前で談笑。



退院の瞬間。
パチパチ☆


横山さんが暮らすことになったべてるの家。



みんなで協力して部屋の環境づくり。



とりあえず一段落して、みんなと一服。



夜は一緒に暮らす住居のみんなで乾杯。



岡本さんとジョージアで乾杯する横山さん。



横山さんはこれからこの住居の仲間に囲まれて、生活をはじめます。



・仲間の退院を支援するピアサポーターの活躍

浦河の退院支援では、ピアサポーターの活躍は欠かせません。
定期的に病棟へ足を運び、共にタバコを吸い、共にラーメンをすすり、共に布団を並べて外泊し、互いに地域での生活の相談をし合い、支え合います。


「助けられるピアサポーター」、坂井晃さん


毎週水曜日の午前中、病院のデイケアでピアサポートミーティングが行われます。
病棟の看護師さん、退院支援担当の保健士さん、べてるのスタッフ、そしてピアサポーターのメンバーで支援計画を立て、一週間の活動の振り返りをします。
ピアサポーターは、ミーティングで話し合われた支援計画に沿って定期的に外出・外泊などの支援をし、仲間の退院へと近づけていきます。



スーパーでジョージアを買う横山さん。
退院に備え、毎週外泊をしながら練習してきました。
次第に、毎週の外泊が楽しみになっていったそうです。



外泊先の住居の喫煙室で坂井さんから火をもらう。



医療相談室の高田大志ソーシャルワーカー(写真左)。
メンバーの退院をトータルでサポートしてくれる。



横山さんの退院に最も大きく貢献したピアサポーターが、中山玄一さんです。
「俺はもう一生病院でいい」と言っていた横山さんのもとへ頻繁に通い、病棟の喫煙室で一緒にタバコをふかし、断られても断られても外出に誘い、退院のきっかけづくりにおいて大きな役割を果たしました。横山さんが、苦労しても地域で仲間と生きていこうと退院に向けて動き出した裏には、長期にわたる中山さんのサポートと、仲間の力がありました。
6月29日、横山さんの退院日が10月16日に決まりました。翌6月30日、横山さんの退院決定を見届け、ひとつの仕事を成し遂げたかのようにして、中山さんは急性心不全で突然この世を去りました。39歳でした。
写真は、2006年に幻覚&妄想大会で「ナイス・ピアサポート賞」を受賞したとき(写真左)


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