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「生活音の研究」
研究者:浅古朗
自己病名:生活音恐怖症
■ 苦労のプロフィール
1975年、東京で生まれ。20代の前半、外を歩いたりしている時に周りの世界の見え方、感じ方が変化していった。
自分にコンプレックスがあり、慣れない勉強していたが、無理し続けていた。どんどんおかしくなっていって、近所の人の話し声が自分の事を言っているんじゃないかと思うようになり、統合失調症を発病。
その後、通院を開始。パソコンの専門学校に通ったりして、25歳のときにシステム系の会社に就職したりした。
しかし、徹夜が当たり前の職場で、仕事も進まず、病状が悪化。「浅古さんは来なくていい」と言われて退社。
その頃から近所の飼い犬の鳴き声が気になりだし、爆発するようになった。それからは、ひきこもりがちになった。
■ 浦河に来てからの苦労
2006年の11月に浦河に来た。最初は、べてるのセミナーハウスに住んだが、他のメンバーが音を立ててくるんじゃないかと思うと、居ても立ってもいられなくなった。1ヶ月後、一般のアパートに入居。早速、近くの飼い犬の鳴き声に恐怖感を持つようになった。2階の住人の足音も自分への嫌がらせじゃないかと感じてた。隣人の壁を叩くような音も気になり、爆発。反撃していたら、向こうがやり返して来て、関係が悪化してしまった。
■ 研究の目的
騒音への反応は明らかに病気であるという認識があり、思考のメカニズムの解明し、なぜこうなるのか知りたかったので研究することにした。
■ 研究の方法
ソーシャルワーカーと相談しながら、少しずつ検討していった。どんどんボリュームも出てきて、内容も変わっていった。
■ 生活音恐怖症のメカニズム
疲れているとき、焦っているとき、孤独に陥っているとき、ちょっとした音に対して「嫌がらせか」とか「付け込まれてたまるか」と反応してしまい、爆発・反撃という、相手にとってはいわれもないような事をする。疲れや焦りがないときは、「押入れの物音かな」とか「向こうの都合かな」とか「仕方ないなお互い様だな」とか「音を立てるなんて誰にでもあるから」と思えて普通に過ごすことが出来る。
● 対処方法 〜東京バージョン〜
東京では認知を変えるということも知らなかったので、ひたすら我慢し、限界になれば爆発していた。
● 対処方法〜浦河バージョン〜
浦河の仲間や専門家から、認知を変えるのためにメッセージを書いてもらった。紙に「東京=いやがらせ、浦河=人の繋がり」と書いて壁にはり、物音がしたときにはそれを見て、「浦河では人との繋がりだよ」と解釈するようにしている。効果的なのは、色紙に仲間からのメッセージを直筆で書いてもらうこと。
アナログはやはり迫力があって重みがある。
見ていてありがたいと思う。
それを読んでいて気がまぎれるという利点もある。
嫌がらせと感じてしまう「自動思考」を打ち消すような役割もあり助かっている。
■ 考察
今は生活音恐怖に陥りやすい状態を知ることで、同じパターンから脱却できると思っている。
疲れや焦りがあると状態が悪くなるのだが、一人でなんとかしようとしているところがあった。
一人で焦って、一人でどうしようと考えてしまう。
東京では相談できる人もいなかったし、主治医にも電話できず、助けてくれるわけでもなかった。
そういうパターンを自分で把握することと、仲間に相談すること、仲間の力を借りると、今までのパータンから脱却できることがわかった。
浦河は嫌でもなんでも、人と関わらずには生きていけない。
友達にも気軽に相談できるようになったし、すごく助かっている。
相談できる仲間がいるというのは本当にありがたい。

「仲間からのメッセージ」で認知を変える
