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09年2月10日(火)、日本医科大学医学部1年生約100名の前で講演してきました。
授業は、講演1時間、グループワーク1時間、発表1時間という流れで行われました。講演は、向谷地生良さんと、私宮西勝子で「統合失調症を生きる」と題してお話ししました。
日本の精神医療の歴史や、浦河の紹介を交えながら、統合失調症という体験を話しました。15歳の時からの幻覚である「ギロチンの刃が天井からぶらさがっている」(ギロチンはよけながら歩いたので問題はなかった)からはじまり、高校の入学式で新入生代表挨拶をしたあとから通学電車の中での執拗な悪口に耐えられず、通学を断念せざるをえなかった(今思えば幻聴さんだった)ことなどを話しました。
幻覚・幻聴とくればもちろん妄想の話もしました。私が“前科1億犯”だという罪業妄想の話です。UHBという民放放送局が取材して下さったVTRを流し、私の罪の告白の場面を見てもらいました。大真面目に語ったらべてるまつりの会場からは大笑い、終わるとみんなから口々に「宮西さん、素晴らしい研究だね!」という称賛され、そこで私が思ったのは「あれ〜私って病気なのかな?」ということでした。
それは、診察室の中でうまれるの病識ではなく、仲間の中で生まれる病識でした。
向谷地さんからの「患者さんが医師を前にして一番大切にしていることは何でしょう?」という問いかけに、学生さんたちは一様に悩んだ表情でしたが、会場の中ほどから手が挙がり、「本音を言わない」という回答が挙げられ、見事正解でした(笑)。正解した彼は見込みがありますね。
本当のことを言えば、薬を増える、外出させてくれない、入院が長引く、などなど良いことなんかあまりなく、本音などなかなか言えません。患者さんは自分で自分の欲しい薬を考えて、医師との駆け引きの中でなんとか欲しい答えを引き出そう、という綱引きが日々行われているというのが現状です。実際私も、診察のたびに薬が増えて、一日30錠も飲んでいた時期がありますし、そうなってくると「飲みたくない」気持ちが膨らんできて、自分で操作したくなります。
この講演当日も、「サイレースやめたい」と川村Drのあずかり知らぬところで自己診断していました。前日の夜、サイレース2mg飲んだ後フラフラと夜の東京の街へ出かけ、ローソンで三色丼を買って、ホテルの部屋に戻って食べ始めたところまでしか記憶がなく、朝起きたら完食した三色丼のパックをごみ箱から発見した次第です。サイレースを飲んだ後は猛烈にお腹が空くという事に困っているのですが、うっかり私はまた以前からのくせで、駆け引きで自分の欲しい処方をもらおうと綱引きをするところでした。本当のことを主治医に言うのは、なかなか慣れないものです。
私から、医学生の皆さんに伝えたことは、今学生であるみなさんもこれから仕事、恋愛、人間関係、結婚、そして離婚‥‥などの様々な人生の苦労にぶちあたると思いますが、そこで病気や障害という苦労を持っている当事者と、苦労の当事者同士として連帯して、通じ合える仲として、診察室で対してもらいたいということでした。
次に、10名ずつのグループワークに入りました。テーマは(1)今日の講演の感想 (2)自己病名をつけ、理由を説明するでした。
べてるではおなじみの自己病名。向谷地さんが「自己病名は『先天性ものわすれ症候群あきらめ型』です」と紹介すると、会場から笑いが起こり、自分もそうだという声も出ました。
10グループに分かれて、教員の方が入ってグループディスカッションが行われました。私たちは、各教室をまわり、質問を受けたり、盛り上がっている話題に耳をかたむけたりしました。
講演を行った教室に再び集合し、各グループの発表と、総評が行われました。
感想のなかで意外だったのが、「笑えた」という感想もあったのですが、「笑っていいものか分からない。つらい病気の体験を笑うなんて出来ない」というものでした。
浦河では、いつも笑いが絶えないので、「笑えない」という感想を持つ人がいる事には気がつかなかったです。教室を見渡してみても、笑っている人もいれば笑わない人もいて、その違いが不思議でした。
ユーモアの語源は、“にもかかわらず笑う”ことだと向谷地さんは説明してくれ、映画『ライフイズビューティフル』を引き合いに出し、過酷な健常の中でも、“にもかかわらず笑う”ことの豊かさを話してくださいました。浦河での“笑い”は、絶対的に肯定してくれる行為としての笑いだと私は思っています。
自己病名を発表するくだりになると、発表者たちは自分の苦労を語っているつもりなのに、爆笑につぐ爆笑。すっかり会場はべてる色に染まりました。
なかでも面白かったのは「急性学校に行けない病二度寝タイプ」「やすうけあい症候群後悔型」「単位失調症」など。学生らしい苦労が多く、「タイプ」や「型」にその個人の特徴がよく見えました。
すっかり楽しんで会場一体となり、時間が過ぎました、
夜は日本医科大学の老人病研究所でも講演を行い、統合失調症や認知症に対応する時、すでに苦しい現実に対処しようとしている当事者を支持し、否定しない、という事を話しました。
絶望の中にあるような気がしていますが、わくわくするような希望が、実は今この経験の中に宝としてあるのだと思います。
「どうやって病気を治すか?」ではなく、「どうやったら病気になれるか?」という考え方の転回が、宝に気づくヒントだと分かった、今回の講演旅行でした。
この一連の講演を終えて、「患者さんのためじゃなく自分のために聞く、という姿勢で考えてくれたらうれしい」という向谷地さんの感想でした。
(記 宮西勝子)