【特集】アンコール 『べてるの家から吹く風』(いのちのことば社) 出版記念講演対談 向谷地生良 × 田口ランディ


それでも現実を生きようとする当事者を信じる


 

向谷地:これからは、フロアのみなさんと対話したいと思うんですけど、いかがですか。

A:はじめのほうに信じるっていう事を話してましたよね。その辺をもうちょっと詳しく話していただけますか?

向谷地:浦河は様々な良い条件の下にべてるの家の活動は育まれなんじゃなくて、二重三重の悪条件の下に育まれたものなんですね。そういうひとつの課題に直面した時に、やはりそのことにどう向き合うかっていうのは、それが上手くいけば良かったと思うし、上手くいかなければ落胆するし、自分の無力さを味わうわけですね。でも私達はどっちかというと成功と失敗ということ二者 択一的な現実でなくて、むしろ上手くいかない事の方が多いんじゃないんですかね。信じ方っていうのは、そういう意味ではひとつの現実に自分が向き合う時の立ち方とか、構えとか、眼差しと言って良いんでしょうか。
仮にホントに失敗だらけの人生で結局お酒に飲まれて死んでいった人たちが沢山いるわけですよ。そういう人たちの人生でも、その人たちが生きている間に、そして私たちの記憶のなかに残り続けて行く私たちにもたらしているもの、そういうものをなんとなく信じたいなぁという信じ方かな。目の前にあることが困難であればあるほど、私たちはむしろ先取りした信じ方っていうものをする。
その先取りした信じ方っていうのは、決してこの人も上手くいくだろうなっていう期待ではなくて、この人もこういう事を繰り返しながらこの現実を生きようとしているんだなっていう信じ方、そういういろいろな信じ方があります。そういうことを織り成して、そしてやっぱり駄目だったね、やっぱり大変だったなって思う時は、最後はもう笑うしかないよなぁみたいな。
浦河はすごいいろいろな病気を抱えた人たちが様々なことで出会って、そこで会社を作ったり、わいわいやっています。そういう意味で鍛えられる場所です。日本のなかでも面白い実験じゃないかなと思っています。

田口: 私ね、ずっと人を信じるのが苦手で、自分ってどうしてこんなに人を信じないんだろうって若い頃からとっても悩んできたんだけど、その私が信じるものは、自分にとって都合のいい相手を信じようとするのね、やっぱり。だからその信じる時にこの人はいい人なんだ、いい人なんだみたいに信じようとしちゃう。
で、それって物凄く自分勝手なことなんだよね、考えたら。でもそれにずっと気がつけなくて、みんながみんな良い人だとかなんかそういうことが信じることだっていう風に捉えて、それを常に期待してきて裏切られてくるから、なんかこう信じられない自分っていう風になってしまっていたんだけれども、ありのままの相手を信じるっていうのかなぁ、それは自分の都合と関係ないことなんですよね、全然ね。でもね、それにね、やっぱり気付けなかったですね。

向谷地:それも私、そういう信じ方してるとすごくギャップが生じるんですよ。副作用があってですね。私は昔一緒に仕事をしてた先生にすごい嫌われてたんですよ。こいつと仕事したくないって。その先生に結局お前もう今日から来るなってですね、放り出されたんですけど私は嫌われてることを知らなかったんですよ。

田口:わははは。

向谷地:当時研修で来てた川村先生が僕にこっそり教えてくれるんですよ。嫌われてるぞって。向谷地と上手くいかないって先生がこぼしてるっていうのを聞いて初めてうまくいってない事に気がついたんですよ。

田口:ははははは。

向谷地:その先生もいい人だから。先生のお蔭で僕は浦河に来れたんだからっていうくらい。でも取り合わないんですよね。取り合わないし、私もそれに捉われないもんですから。もうちょっと悩めばいいんですけどね。嫌われてるのかとなれば噛み合うんでしょうけど、やっぱり捉われないし痛点がちょっと変わってるもんですから、なんで俺に文句の一言も言えないんだっていうことでまた嫌いになるんですよね。

田口:あぁ、だから私も向谷地さんに嫌われてるとずっと思ってますよ。だって私行っても全然いないし、いても会ってくれないから。

向谷地:あぁそうですか。

田口:あんまり好かれてないなってずっと思ってたんですけど。

向谷地:そうですか。それは気がつかなかったです。

田口:わははははは。

向谷地:ですから本当にいろいろな人たちにね、それこそ嫌われるっていうかね。

田口:なんて言うんですかね、さっき向谷地さんの眼差しっていうことを言ったんだけど、言葉って難しくって言葉で何かを信じようとするとやっぱりすごく足下すくわれていく。見つめるだけのなんか信じる行為って、本当に今無くなってるっていうか。人に注ぐ眼差しがね、物凄く冷たくなってきてるじゃないですか。ただ眼差しを注ぐっていう事が出来なくなっちゃってる。やっぱそれってなんて言うんだろう、新鮮だよね。眼差しって言葉。

B: 夫がアルコール依存で8年くらい断酒会に行ってたんです。息子が統合失調症で、先生の教えるようになんか順調に苦労のなかに生きてるんですけど。当事者の母親として自分が年取って亡くなった時に、息子がどういう風になってるのかってことをやっぱり心配があるんですよね。

向谷地:はい。ありがとうございます。おそらくそういう質問が一杯出るんじゃないかということで、今日専門家をお呼びしました。

会場:笑

下野:話を途中までしか聞いてなかった。アルコール依存症の?

B:夫です。

下野:夫がいて?

B:息子が統合失調症です。

下野:それでどうしたんですか?

B:それで悩んでます。老後、自分が亡くなった後がやっぱり年取って亡くなったりとか老後じゃなくても自分がこの世からいなくなった時に夫はいいんですけど、息子が。

下野:いや、なんとかなります。やっぱり住むところですかね。お母さんもうちょっとお金稼いでもらってアパート代を払えるくらいだったら住めますよね、民間のアパートとかに。

向谷地:ね、どうしたらいいでしょうね。という事を息子さんもおそらく考えてらっしゃるんじゃないですか? だから一番大事なのはそういう不安だとか、困ったなぁと思ってることを出来るだけ息子さんの悩みにしてあげることだと思うんですよね。きっと今ごろ息子さんは自分の親の介護のことをそろそろ考えてるかもしれないですしね。これは私の弟の話なんですけど、母親が亡くなってから元気になりましたね。それはもう見違えるようにですね。部屋から降りてこなかった弟がゴミ出しをするようになったりとか風呂掃除するようになったりとかね、目覚しく自立しましてね。まぁ母親は早く自分の役割を明渡すはずだったんですけどね。そんなもんですよね。

田口:うちの兄も親がいて引きこもりをまぁ10年くらいしてたんですけど、親はどんどん年取って来たので私はうちの兄に「お父さんとお母さんが年取ったらどうするつもりなの?あの親の老後の財産まで全部食い尽くすつもり?」ってもう責めて責めて責めて責めて責め続けてきたんですけどね、そしたら死んじゃいましたね。一番考えてたのは兄だったと思います。うん。だから私たち以上にいろんな事を考えてるから病気になるのかなぁって思いましたけど。

向谷地:ですからね、お父さんお母さんがこれは困ってるな、あれは困ってるな大変だなって思っていることはまず間違いなく100パーセント息子さんも考えてるっていうことですね。これは口に出さなくても、もう間違いない。同じ家のなかに暮らして、同じご飯食べてると、悩みも同じなんですよね。それと同じことを困ってるんだったら、どうする?ってお互いが相談すればいいだけの話で。お互いが知恵を出し合うっていうことが本当は必要なんじゃないでしょうかね。でもそう簡単にはいかないですから「私は不安がときどき襲う」ってことを言ってみるのも一つの手かも知れませんしね。どんな息子さんかわかんないですけども、困ってるはずですよね。

C:子どもは親の駄目さではなく親の弱さを知らなくて苦労してるっておっしゃってましたが、私にはその親の駄目さと弱さの違いがよくわからないんですけども、具体的に教えてください。

田口:あんねぇ、親やってると、どうしても良い親やろうとしちゃうんですよ。で、主婦やってたら良い主婦やろうとしてしまう。まぁ人間やってるから良い人間やろうとしてしまう。いい人間っていうのはどちらかというと強い人間だというイメージがあるのね。しっかりしてて、ちゃんとしてて、まともで、普通でっていうのが私の考えてたあのあるべき人間像だったわけ。で、これはもう子供のころからわりとずっとそう思ってきたのね。だからそこから落っこちちゃった兄っていうのは、私にとっては弱い人間じゃなくて駄目な人間だったの。だからその駄目な親っていうのは、駄目な人間になりたくない親なんですよ。あのね、どう言ったらいいんだろ、本当にこう弱いっていうのは、正直っていうことに近いよねぇ。取り繕わないっていうのかな、私の中では。そんな感じなのかなぁ。

向谷地:私は今回亡くなった母親とか父親から子ども時代の話をよく聞かされたんですよね。特に戦時中の話を聞かされてですね、さっき言ったように空襲を逃げまどった悲しい青春時代をですね聞かされて、そのなかでの挫折体験、失敗体験をいっぱい聞かされてですね。なんで母親があんなに一生懸命言ってくれたかわかんないですけどね、それを聞いた時に私はどんなに不平不満だとか、怒りや文句があったとしても、侵してならない親の尊さみたいなのがある様な気がして。それはやっぱりそういう事を聞かされて育ったっていうことから生じた、私の子どもとしてのわきまえの様な気がするんですよね。
ですから、いろいろな失敗とか、あまり言いたくない様なことも、やっぱりちゃんと誇りを持って生きた証として子どもに語れるっていうのは、とても先に歩んでいる先輩としては大事な作業なんだなと思ったんですね。
私が小学校の時、だんだん社会がわかってくるといろいろ不安になったり、戸惑ったり、特に中学になって大人の入り口に立たされた時に、さっき言ったように体罰を受けたり、同級生との人間関係の苦労がだんだん大きくなってきた時に、世相は大学紛争の時代でしたから、考えはじめるわけですね。すると、どうしても10年、20年、30年生きていくって事がどうも想像つかないわけですよね。でも親は50年、60年生きている。なんで大人は大人をやり続けていられるんだろうと。
ですから、それが結果として良かったかもしれませんけど、やっぱり子ども達にはちゃんとそういう自分の子ども達とかにちゃんと伝えていくべきで。

田口:私、小学校の頃机の中汚くしてたんですよ。そしたらうちの娘もすんごい汚いのね。授業参観に行ったら。あー血だなぁと思ってね。しょうがないなぁ、あんたも私と同じだねって言ったらすごっく嫌がって。もうそれからきれいにしましたね。あとさぁ、この頃うちの娘がもう小学校高学年になってきたから本が読めるようになってきて、時々家でこっそりあたしの本を読むんですよ。こないだあたしのエッセイを読んで、なんて言ったかと思ったら、「お母さんも苦労してるんだね」って(笑)。

向谷地:大事なことですよね。

田口:あはははは。なんかすごいものすごく複雑な気持ちだった、なんとなく。恥ずかしい。

向谷地:ですから自分の行き詰まりや苦労にちゃんと誇りを持てるっていうか、繋がりを持てるっていうのはとても大事な事だっていう風に思いますね。ですからこれは是非行われるべき事。僕はね結婚して子どもが産まれる時に是非それをやりたくてワクワクしたんですよ。自分の子育てにそういう実験をね。

田口:入れてみたくてね。

向谷地:弱さの情報公開とか。そういう自分の失敗体験を子ども達に言いたくて言いたくてですね。

田口:うん。

向谷地:まぁ、そうやって実験している最中ですけどもね。

田口:あはははは。

D:母が当事者で病院に行きたがらないので正確な病名がわからないんですけども、強迫性障害の不潔恐怖症って本人は言ってます。日常生活にすごく支障があるくらいの程度で。爆発もするのでちょっと際どいんじゃないかなと、私も思ってるんですけども。苦労を笑うしかないっていうところが今日のテーマになっている様な感じがするんですけど、私はそういう風にできたらどんなにいいかなぁと思うんですが、まず本人は自分のこの苦しみを笑うなんてできないっていう事を随分昔に言ってたことがあって。何かアドバイスが頂けたらと思っております。

田口:似たような感じでした私も。30代の後半兄が亡くなるまで。だからとてもよくわかります。お気持ちは。でも、兄が引きこもりの末に餓死をするという、その後にあのまぁすごくいろんなことを考えて。で、どうしてこんなに苦しかったんだろうって思ったんですよ。私は何に苦しんでたんだろう、一体兄が亡くなった瞬間にその苦しみっていうのから解放されたわけなんだけれども。私と兄は別に長く一緒に住んでたわけじゃなくて、離れて住んでたわけですよ。私は東京で働いていたし、引きこもってた兄は私と一緒に同居していたわけではなくて。兄と一緒に住んだのなんていうのは兄が死ぬほんの半年くらいの間だけなんですよね。もう会ってない時間ていうのは、別に死んでようが生きてようが私の目の前にいないわけだから同じなわけじゃないですか。つまり、私は兄と離れて暮らしてようが、一緒に暮らしてようがとにかくあの兄の不幸が自分の不 幸とくっついてると思い込んでたんですよね。ひとっ時もそのことから逃れられないような苦しみを自分が勝手に作って引き受けてて、それで苦しんでたわけ。今目の前にいないわけだから、そんなことを考えなければ別に同じなわけですよ。兄がもう、亡くなってても生きてても。
だけど、生きているときは兄の不幸が私の不幸だった。どういうわけか。だけどね、兄の不幸もお父さんのアル中も、私の不幸じゃないんですよ。私元気だし、けっこうポジティブだし。健康に生きていたりするわけですね。その私とアル中のお父さんっていうのは別の人間なんですよ。だけどね、そこがなんか分けられなかったんですよね。それはやっぱり一番自分にとって苦しかったことで、分けられない私の存在っていうのが相手にとっても本当に負担だったようです。

向谷地:まぁ、どんなことがあるのかどうかわかんないんですけど、娘さんが一日も早くそこから離脱して、自分の幸せを追いかけてくださいという様な話なのか。

田口:はははは。まぁ、人の幸せより、自分の幸せですよ。頑張ってください。

司会:はい。長時間ありがとうございました。それではこれを持ちましてですね、『べてるの家から吹く風』出版記念、田口ランディさん、向谷地生良さんのトークイベントの方を終了させていただきます。

会場:拍手


投稿者: bethel-net