【特集】アンコール 『べてるの家から吹く風』(いのちのことば社) 出版記念講演対談 向谷地生良 × 田口ランディ


田口:それで最近、向谷地さんはご親族を亡くされたっていうお話を聞いてて、向谷地さんが私にその事で僕は本当に勉強しましたっておっしゃるんですよ。向谷地さんこれ以上一体また何を勉強したんだろうって思って、もしかしたらちょっとつらい話かも知れないけど、それを教えていただけたらと思ったんですけど。

向谷地:そうですね。本の中にも「冬のどなた」っていう話があるんですけども、あの時に私の認知症になった父親を介護していた母親が、ちょっと疲れが最近取れないって言って病院に行ったら末期の肺がんだって言われて、それでその後大変だったんですよ。一緒に同居してる統合失調症の弟とトリプルでその事を巡っていろいろなことがあったんですね。そして母は(2006年)6月13日に亡くなったんですけど。
私は20歳か21歳くらいの時、うちの父の母が亡くなって、青森の実家にお葬式で行った時に、父親が初めてその母親の亡くなった時に涙を流してる風景を見たんですよね。初めてだったんですよ、父親がそういう泣いてる風景は。その時に私はちょうど特別養護老人ホームで住み込みで介護の仕事をしてたものですから。やっぱり入居してる人たちをお見送りするっていう経験を沢山していて、それが自分の大切なひとつのテーマになってた。その時に決めたのは、私は21、父親が60前後、そして80近いおばあちゃんっていう、それはちゃんと自分のなかに記憶に留めておこうと、自分が逆に父親の立場になった時に、その自分の風景をちゃんと子ども達に見せなきゃならない、子ども達に見られる父親っていう、そういう計画をその時に立てたんですよ。
それから30年近く経ってそういう場面に直面した時、自分の父親がやってきたことに、かつてね、自分が頭のなかでイメージした時がそろそろ来たと。父親が認知症になってきて、だんだん幻覚妄想になって暴れたりしてる時に、うちの母親が病院に連れてってどんなもんですか?って言った時に、まぁ認知症があるけど体は大丈夫、20年は生きるって言われて太鼓判を先生に押されて、母親が帰ってきてがっかりしたって(笑)。でもまさか自分が先に逝くとは思わなかっ た。
今回その認知症になった父親を母親に会わせるべきかってことを迷ったんですけど、でもこれもやっぱり夫婦ですから、どんなことがあっても、どんな惨めな見苦しいことがあったとしても、それが夫婦のひとつのプロセスとして、立証としてちゃんと向き合う権利があるだろうということで父親を連れてきて会わせたんです。で、お棺に入れて最後にちゃんと父親が母親のほっぺたに手をやって、花を入れてっていうお別れをする時に、やっぱり私も今度これが自分たちの次の計画だなっていう意識があって、人間ってやっぱり死ぬのって大事な作業だと思ったんですね。
三浦綾子さんが晩年に「自分には最後にひとつ大きな仕事が残ってる、それは死ぬっていう作業だ」っていうことをおっしゃってたのを聞いて、死ぬってことはとても大事な作業だっていう感じがして、だから私も今回自分の母親がそうやって亡くなりそうだって時に子ども達と一緒の席にこう囲んでその場に立ち合わせて、ちゃんと見ておきなさいよっていう、そういう思いでどんどん向き合わせた。うちの母親はどっちかと言うとそういうのは見せたくない方でしたからね。
でもすごいなって思ったのは、75歳で亡くなったんですけども、亡くなった後、母が使ってた財布を見たらちゃんと母の大好きだった聖書の言葉が財布に貼ってあるんですよ。ね、さすがうちの母親だなぁっと思って中を見たらね、ヨン様のプリクラが貼ってあったんですよ(笑)。

田口:いいですね(笑)

向谷地:父親を施設にお願いしなきゃならなくなって、父親の書斎が空いたわけですよ。それがヨン様部屋になっちゃって、よく戦時中は自分の青春がなかったって言ってましたから、もうホントにね、空襲に逃げまどう青春でしたから、父親がいなくなったらまさに50数年遡って一人青春をやってた。

田口:一人青春だね。お母さん一人でヨン様祭りやってたんですね。

向谷地:そうですよ。あんなでっかいテレビを買い込んでDVDプレイヤーを買い込んでヨン様のビデオを観てですね、あの世に逝きましたよ。

田口:すごいですね。

向谷地:すごいですよ、あのパワーはね。まぁ、良い経験しましたね。

田口:お父さんは今どうしてるんですか?

向谷地:今また、施設に戻っていますけど、お葬式の時に孫達がおばあちゃんに別れの言葉を言った時にはちゃんと泣いてましたからね。今何が起きてるってちゃんと受け止めてました。

田口:私はね、確か去年だったかな向谷地さんから淡路島に行った時、お父さん認知症でお母さんちょっと今体具合悪くしていて、弟さんは統合失調症って聞いてホントにでんぐり返りそうになるくらいびっくりして、だってそれって三重苦ですよね、すっごい話でしょ。

向谷地:最先端の苦労ですよね。

田口:そうでしょう。本当に、なかなかこれってもらえない苦労ですよね。

向谷地:私もね、関心してもうねぇ、ワクワクしてきて。

田口:それをね、こういう感じでお話になるんですよ。で、私は、聞くほうが困っちゃって、やっぱりどうしたってそういう話を聞いたら、悲しげな顔になってくるじゃないですか。こちらはさぁ。あんまりニコニコしながら聞けない話でしょ。だけど、向谷地さんはこのまんまなんですよ。このまんまでね、こうやってね淡々と冗談を交えながらお話になるんですよ。でね、向谷地さんは、まぁもしかしたら自分のことじゃないからやれてるのかなって思ってたとこがあったの。でも、違うんだこの人。肉親でも同じなんだって思ってね。すんごいびっくりした。うん。

向谷地:いや、私も最近それにやっと気がつきました。私は一緒に仕事してる精神科の川村先生に痛点がないって言われるんですよ。本当なんですね。痛点がずれてるとか無いとか言われるんです。

田口:でもさ、それは鈍感とは違うんですよ。もし鈍感な人だったら、よくわかんないけど、ほんとこういう仕事できないと思うのね。そうじゃないんですよ。すっごく深く受け止めて、物凄くきちんと受け止めて諦めてるんですよね。だからね。怖いですわたし、やっぱり一緒にいて。

向谷地:昨日ですね、たまたま札幌市内の特養老人ホームに学生を連れて見学に行って来たんです。で、そのホームって言うのは実は私が学生時代住み込みで働いてた時の法人が作った新しい施設で、そこに行きましたら昔私が住み込みしてた時働いてた寮母さんや職員がごっそりいましてね。もう30数年ぶりに再会したんですよ。

田口:へー。

向谷地:みんなね、来てくれてね。やぁ向谷地さんって来てくれて久しぶりに再会して当時のことを思い出してました。私は大学へ入って親に一番最初に頼んだのは、仕送りおくらないでくれってことなんですよ。

田口:へはははは。

向谷地:仕送りを断って仕事探しして、最初に勤めたのがその特養。そこで住み込みで仕事して、昼間大学へ通ってて。あれはやっぱり私の原点ですね。
僕は学生時代数えると十数人のお年寄りとのお別れをしたんですけど、その人たちにむしろ力貰った。あと難病の子どもたち、筋ジストロフィーの子どもたちのボランティアをして子ども達とのお別れを一杯したけど、やっぱりそのお別れとか浦河に来てアルコールだとかいろいろなメンバー達が病気で亡くなったりする。病院に勤めてると人が死ぬってことにどうしても立ち会う、やっぱりそういうものに生かされてきたなかで訓練されてきたなって感じがとってもしてるんですよね。そういうことで仕事してると私は結婚して一番最初の出張で、うちのかみさんに言ったことは何かっていうと、もしかしたら今日これがお別れになるかもしれないからねっていう事を言って出かけた記憶があるんですよ。
私の計画のなかには常にそういうことがあって、そういう意味での準備性っていうのはいつも、いろいろな人たちの生き様を観るなかで全部準備してる。 だから今日来てる子ども達にも、あなた達はこのまま行ったらね、将来登校拒否になったり、学校行きたくなくなったり、親が憎たらしくなったり、全部そうい う気持ちになるから大丈夫だぞっていうこととか、向谷地家に生まれたことは不幸だぞって。絶対幸せだなんて思ったら間違いだぞってことをちゃんと言い聞かせて来てるんです。変な親ですよね。

田口:いやぁ、すごくいい親だと思う。うん。

向谷地:やっぱりこうちゃんと情報公開しなきゃいけない。だから今でも言うんですけど、今この時代に子どもやれって言われたら私は生きていく自信がないですよ。ホント自信がない。そういう自信のない時代のなかで今の子ども達は生きなければならない。これはしんどいことなんですよね。

田口:なんかやっぱり順調の意味をもうちょっと、べてる的に考えれば楽になる人沢山いるのになって。私は、べてるの家に関わるようになってから感じているのは、絶望とか諦めとかって物凄い救いなんだなっていうかね、その向こう側にあるもっと広い、そこを立脚点にしか立てない人との繋がりとか希望とかっていうのが、そこに立った時に初めて見れるんだっていうことを私すごい感じますね。

向谷地:ですから、私達は本当に難しいことを抜きにしてその場で自分の弱さの情報公開をしはじめようとすると、みんな基本的に助けてくれる、繋がるんだっていう、人はそういう習性がある。

田口:そうですね。うん。

向谷地:こういう力とかパワーとか独りよがりの成功っていうものから人は離れてしまうけれども、弱さって大事だと思うんです。

田口:例えば集団のなかでやっぱりこうきちんとやれる人間であろうって頑張る傾向があるじゃないですか。現代人って、私も今回ここに来る前にずっと集団旅行をしてきたんだけども、そういうなかで年下の子達とか沢山いるし、なんかいい大人であろうとか頼れる自分であろうとかっていう、すごくいい人傾向が強いんですよ。だけど、それをやっていくとなんかねぇ、心が繋がっていかないっていうか、こうみんなが気持ちをほぐしてくれないんでね。
やっぱりね、すごいなんか下痢になっちゃって、お腹が痛いとかトイレから出て来れなくなったりとかそういうドジを繰り返して行くとね、物凄くこう人と人との繋がりが次第に深くなっていくっていうかね、まぁ駄目な自分とか弱い自分を人にさらすのって大人になればなるほどなんか出来なくなっちゃうんだけど、それをやれる大人を子どもとか若い子って決して軽蔑しないよね。

向谷地:だと思いますね。私は子育ての中で大事にしてきたのはやっぱり大人としての弱さの情報公開を子ども達にちゃんとして行くっていう、それは親大人の責任だなっと思ってるんですけどね。最近いろいろな事件が起きているんですけども、ああいう子ども達ってきっと親の弱を知らないで苦労してるっていうか、親の弱さが見えない、大人の弱さも見えない。

田口:やっぱり大人の弱さなんですかね、なんか見えないんだね。

向谷地:そう。駄目さじゃなくてね。

田口:駄目さじゃなくて、弱さね。うん。

向谷地:自信を持って弱さを語れるっていうか、伝えられるっていう事があんまりないみたい。この個人情報保護の時代にむしろ私達は積極的に弱さの情報公開を呼びかけてるっていうね、まぁそれが一つの人の繋がりを取り戻す大事な仕事かなって思います。

田口:うん、そうですね。