【特集】アンコール 『べてるの家から吹く風』(いのちのことば社) 出版記念講演対談 向谷地生良 × 田口ランディ

下野:働いていると、そんなに病気になんないんですよね。働かなくなると必ずなんか近所のおばさんの目が気になってきたり、やっぱ精神障害者だからこういう見方されるのかなとか、そういう悪い方、悪い方に行くんですよ。

田口:うちの父もね、酔っ払ってよく家財道具を道にばら撒いたりとか、家のガラス窓全部叩き割ったりとかしてよく暴れてましたけど。私はまだその一番ピークだった頃は20代の後半とか30代の頭だったし、それを笑えなかった。なんか笑えるっていうのも変だけど、常にこれが一番最悪っていうか、なんて言うのかな、それを順調だと思えるような意識の持っていき方を知らなかったんですよね。そういう風に教えてくれる人もいなかったしね。何とかしなきゃっていう気持ちしかなかったわけ。でも何とかってなんでしょうね。何とかしたいってその一念ばっかり。物凄く苦しかったです。でもそれはあたしも苦しかったけど、父も苦しかったろうなっと思って。常に何とかされたい人なわけ。されなきゃいけない人として扱われ続けてきてね。

向谷地:私たちも決して面白い事があって笑うっていうよりも、例えば今回その一緒に住んでる住居のメンバーがちょっと調子悪くなって幻聴でこの住居から出て行け、出て行けって聞えるもんだから「出て行かなくていいよ、いて欲しい」って言ってもね、幻聴さんの方に私たちが逆に負けちゃって、彼は一生懸命引越しの作業をしてるわけですよね。あの家財道具よく一人で運ぶよね、すごいパワーだよ。

下野:すごいですよね。

向谷地:最後は家財道具を全部外に出すだけじゃなくて、自分のタンスを木っ端微塵にして、チップにするんですよ。どうやったらこのチップにできるんだろうって、あの木をね。粉砕機にかけたような粉々にしてるんですよ。集まったメンバーが、これすごいよね、ここまで細かく砕くなんてすごい才能だよねって言うと、やっぱりみんな笑うんですよ。

田口:そういうことですよね。

下野:それを仕事に活かていく。

向谷地:もう笑うしかないですよね。彼は解体をやったら絶対食べていける。

田 口:だね。いや、学びましたよ、その辺は本当にべてるに行ってね。思考の逃げ道っていう言い方私はあんまり好きではないんですけどね、どうしても自分の方を同じ考え方のなかで一杯一杯にしてっちゃう傾向があるんですよ。家族の問題とかできつくなると、あの「何とか」しようという、その見えない「何とか」に向かって、方法のない「何とか」に向かって、自分と相手を責め続けるみたいなことをやってしまいがちなんだけど、そこから一歩抜けるっていうかね。それでも口ではうまく説明できないんだけどね。べてる行って実際に見るとすごく体感できるんですよね。

向谷地:その辺は、深刻にならないっていう、ひとつの知恵だと思うんですけどね。私はそういう意味では、この精神障害っていうのは非常に否定的な、また捉えどころの無い困難があるように思って、 やはり重苦しいテーマとして出来事を語られがちだと思うんですけど、私はやはり病を持つことの意味っていうのが少なくとも私たちのなかですご い変わったなっていう感じするんですね。

田口:うんうん。

向谷地:またこういう世界ってね、今までやっぱり省みられることが無かった世界ですよ。病気の世界っていうのはお医者さんが一生懸命治療してっていうようなね。

田口:べてるで行われている事ってなんかちょっとアミニズムとかシャーマニズムに近いとこがありますよね。だから文化人類学者が取材にきたり。

向谷地:最近、文化人類学の研究者がよく浦河に来るんですよね。

田口:どういう研究しにくるんですかね。あははははは。

向谷地:この前ですね、文化人類学で有名な先生が浦河に来て、まぁ半分冗談でしょうけど、今まで脅威とか幻覚妄想の世界っていうのを調査するためにわざわざアマゾンまで行ってたらしいですね。アマゾン行かなくても浦河に行けばよかったなんて言ってましたけど。

田口:すでに浦河は世界の偏狭になりつつあるかも。あはははは。

 

「弱さ」の情報公開


田口:私ね、実は向谷地さんはいつも不思議な人だなって思ってたんですよ、長い事。それはね、向谷地さんはもともとこういうキャラクターなのか、それともこれは後天的にべてるの家とともに培ってきたキャラクターなのか。どうして向谷地さんは諦める事を学んだんだろうかとか、その事をね、実話を聞きたいなとか思ったんです。

向谷地:これが少し世に通ずるようになったのは最近ですね。やっぱりね、それはべてると共にあるというか。

田口:若い頃はどうだったんですか? べてるで向谷地さんがとっている態度っていうのは、例えば20代の頃もそういう感じでおられたんですか?

向谷地 :僕は一貫して努力せずにこのパターンですね。

田口:あぁ、そうですか。

向谷地:ですから私は小・中学時代は苦労しましたね。

田口:あぁ、かえってね。

向谷地:人間関係ではみんな右向け右っていうと、僕ひとり左向いてるような人間でしたからね。

田口:あぁ。

向谷地:みんながやっぱりこうだって言ったら、いやこうも考えられるって言って、あっち向いてほいみたいな感じでしたから。どうも基準に合わないところで。

田口:あぁ、じゃぁ学校の先生なんかに目付けられたでしょ。

向谷地:えぇ。この本にも出てたかな。ですから、すごい体罰受けましたね。先生にめちゃくちゃ殴られましたよ。いつも。

田口:いつも?

向谷地:いつも、いつもです。

田口:反抗的だって?

向谷地:けして反抗なんかしてないんですよ。常に私は従順で、殴られれば殴られっぱなし。口答えひとつせず。もう存在自体が疎ましい感じなんですよ、先生にしてみたら。

田口:それは平気にしてるからですよ。応えてほしいから、ようするに相手にダメージを与えたいから暴力を振うわけで。

向谷地:例えば、先生が必死になって怒る。だけど、なんか自分の怒りが向谷地に全然通ってないような恐怖心というか、恐れが湧いて出てくるともう一発叩きたくなるらしいんです。

田口:恐れのためにね。

向谷地:そうそう。ですから友達と一緒に同じ失敗をした時があってね、一緒に殴られた友達が先生に投書したんですよ。「向谷地と僕と殴りましたね。僕を一発、向谷地二発、どうしてですか?」って。

田口:ははは。はい。

向谷地:そしたら先生は一言、「生意気だから」。へぇ、僕は生意気なんだって、自分でもびっくりしましたよ。

田口:俺は生意気なんだみたいな。

向谷地:これはね、生涯ずっとずっとそういうパターンですよ。だから本に書いてあるように、病院に勤めて仕事して私は病院のなかですごく違和感を感じて、潔さんたちとか、べてるのメンバーたちと一緒に暮らしたりとか、一緒に飯食ったりとかやってきて、そういうスタンスっていうのは医療っていう専門家の世界のなかでまさにタブー、掟破りみたいなことをしてるわけですよ。すると先生たちは遠ざかるんですよね。私は結局精神科のチームから追放されて窓際になったんです。5年間窓際やってたんですよね。
そうしたら、うちの事務の上司が謝りに行けって言うから、じゃぁ謝りに行こうっと思って謝りに行くわけですけど、そしたらもうすごい事を言われるんですよ。もうお前はこうだ、これもダメであれもダメで、ダメだダメだって言われて、僕は全部、もうそうの通りですって全部聞くわけです。そしたらその素直さがまたやたら腹が立つみたいで、結局空回りですよね。でもそういう悪循環が逆に日の目を見てきたっていうのは、ここ10年ちょっとのことですよ。

田口:日の目を見れたのはね。

向谷地:私の人生50年のうち10年ちょっとのことなんですよ。面白いもんですね。

田口:大器晩成ですよね。ははは。

向谷地:ホントそうですよね。

投稿者: bethel-net