【特集】アンコール 『べてるの家から吹く風』(いのちのことば社) 出版記念講演対談 向谷地生良 × 田口ランディ


shiru-f東京・丸の内にある丸善にて、『べてるの家から吹く風』(いのちのことば社)出版記念講演、向谷地生良さんと田口ランディさん(作家)の対談が行われました。(2006年)


田口ランディ(作家・エッセイスト)
1959年生まれ 天秤座 A型 女性
2000年6月長編小説「コンセント」を出版し小説家デビュー。
『寄る辺なき希望の時代』(春秋社)に「べてるの家という希望」という章がある。


 

向谷地:みなさんこんにちは。向谷地です。

田口:田口ランディです。よろしくお願いします。

向谷地:今日ですね、いろいろ話の間にコメントとか話をしてくれる下野君です。

下野:あの、下野と言う名前で、テレビと会話できたり、ラジオが自分の事言ってたり盗聴器がつけられてたり、そういう個性を持っている人間です。よろしくお願いします。

向谷地:今日ほとんど事前に打ち合わせらしい打ち合わせもなく。

田口:恐ろしいですね。どうしよう。

向谷地:ランディさんも何回か浦河に足を運んで頂いているんですけど、不思議に浦河で会う事がなくてこんな所で会う。

田口:絶対浦河で向谷地さんと会えないですよね。

向谷地:会えないですよね。

田口:向谷地さん浦河にいないんですよね。いても忙しくて、ほとんど会わないですよね。

向谷地:本当にすれ違いなんですよね。この前は四国で会いましたよね。

田口:そう四国で・・・・、淡路島よ。

向谷地:淡路島で会ったりとか、思わぬ所で会ってですね。ご挨拶するんですけども。

田口:あんまり親しくないんだよね。だからね。

向 谷地:そうですね。よく「向谷地さんとランディさんってどうもこうイメージがつながらない」とか「どうしてなんですか」とかよく言われるん ですけど、私は説明できないし。先程「田口さんとどういうご関係ですか、向谷地さん」って言われて田口さんが「無関係です」って言って、そりゃそうですよ ね。

田口:だってそうよねぇ。浦河で会う事ないし、なんですかねぇ。

向谷地:ですけどね、さっき下野君が言ってたんですけど、私のDNAとランディさんのDNAはもしかしたら近いかもしれないって言う話をしてたんですね。何か匂いを感じるんですか?

下野:あぁ、あのそう。話しててランディさんと多分表面上の話は合わないけれども本能的なところで合うっていう話をしてました。

向谷地:本能的なところで。

下野:あ、はい。やらしい意味じゃないですけど。

田口:そういう繋がりってことなんだよね。

向谷地:きっとね、苦労の水脈とかがつながってるんですね。

田口:やだぁ。ははは。向谷地さんと繋がるような、そんな苦労したくない(笑)

向谷地:そう、言われるんですよね。向谷地と合ったら終わりだとかね。

田口:もうねぇ、なんてったって苦労すごいんだもん、やだあたし。

向谷地:まぁ、そういう苦労がこの本(『べてるの家から吹く風』)でもいっぱい出てくる。

田口:そうですね。今日は苦労の話し聞きましょうね。ちょっともう、それと一緒かぁみたいな。

 

べてる流の信じ方、諦め方


向谷地:ランディさんはいろいろな分野というかジャンルに長けてますんで、きっと嗅覚としては浦河ではこれは面白いぞとか、何かきっと嗅ぎ取っておられることがあるんじゃないかと思うんですけど、その辺は?

田口:あの、最初はよくわからなかったんですけど、『べてるの家の非援助論』(医学書院2002)を編集者した方と知り合って、それで連れてっていただいたんですけど、実は私はべてるを知る以前からずっとアイヌ民族の取材を続けていて、浦河ってアイヌの人たちが沢山住んでる地域で、それでだんだん浦河のアイヌっていうところと接点が大分出てきてね。そしたら、向谷地さんの本にも書いてありますけれども、浦河べてるの家はアイヌの方たちを抜きにしてはやっぱり成り立ちが語れないっていうのがあってね、 そこから繋がっていっちゃって、今はだから浦河に行くとべてるの家とアイヌの取材を両方やって帰るという感じになってきてるんですね。

向谷地:そうですね。私が28年前に浦河の町の病院にソーシャルワーカーとして仕事をはじめて、町の保健婦さんに「この町で一番今苦労している人を紹介してください」っていう風に頼んで連れて行ってもらったのがアルコール依存症のお父さんとアイヌ民族出身のお母さんのお家だったんですね。まぁその辺の経緯は本の中に何回か出てきますけども、ほんとに一族親戚みなさんアルコールで苦労されてきて、またその前の代もまたその前の代もっていう、そういう本当に大変な歴史を積み重ねてきた。その家族に私は何気なく飛び込んだんですけど、しかしだんだん歴史の重みを感じるに連れて、私はその中で鍛えられたなって感じがするんですけどね。

田口:向谷地さんもそうだし、宮島さん※も、本当に自分がキリスト教という信仰を持って彼らと付き合うという。で、信仰というものを改めて考えさせられてしまったっていうのがね。私はそのアイヌの方たちにいろいろなお話を聞いていくうちに、その彼らの中にまだ残ってるもの、すごく強い信仰心っていうのかなぁ。それにね、大変打たれましたね。それは、どこ かべてるの家と妙に繋がる所があってね、べてるの家の人たちそんなに信仰深くないんですけれど。

※ 宮島利光牧師 1980年〜1988年まで牧師として浦河教会で活動。回復者クラブどんぐりの会を設立当初から支えた。1984年 浦河教会の古い会堂が昆布の作業所として使われるようになった頃「べてるの家」と命名。アイヌ民族に関心を持ち、著書に『チキサニの大地』、『アイヌ 民族と日本の歴史』等がある

向谷地:ないですね。へへ。

田口:なんだけど、真面目に宗教をやるっていう事ではない信仰心を持ってる様な気がしたの。

向谷地:まぁ、一つの信じ方というかですね、アルコールにとらわれてしまったりとか、病気になってしまったりとか、浦河は本当に小さな過疎の町ですから、その中で生きる、ひとつの在り方というか、まさに信じ方っていうキーワードがいいかもしれませんね。

田口:信じるっていう事は、割とべてるの人たちがよく使うキーワードですよね。とりあえず信じてしまえとかね。そうやって言いますけど、あの信じるっていう事ってね、実はとても難しくて。
なんていうかなぁ、普通私たちが暮らしていると信じられない事ばかり。で、それで生きてるんですよね。浦河に行くと、なぜか信じるっていう事の力っていうか、そういうものがすごくクローズアップされてきちゃうんですけど。あの威力って何なんでしょうね?いつも不思議なんだけど、何で信じられちゃうんですかね?

向谷地:浦河っていうのはにっちもさっちも行かないってとこですからね。多くのみなさんは非常に真面目にあるひとつの実感を伴なって、信じるとか、信じられるとか、信じようとするひとつの真面目さっていうのがあると思うんです。
私たちは逆にその信じようと思ってもどこからどう信じていいのかっていう(笑)。そういう事って日常茶飯事に起きてくる。だから、信じる前にはやはり一回諦めるっていうひとつのプロセスが必要ですね。
どこをどうひっくり返しても信じるということが自分たちの中に実感として出てきようなもないような、ひとつの行き詰まりとか大変さっていうのがあった時に、私たちの信じ方っていうのはそのまかせた信じ方、ゆだねた信じ方、私は信じられないけども、まぁなんとかなるよねっていう風な、そういうの信じ方、でなんとかなるかどうかっていうのはまったく保障はないんですけど、そういう信じ方をしてきた。結果にとらわれない信じ方みたいなね。

田口:最初ね、べてるに行きはじめた頃はそれは頭ではわかってたんですけど、ちょっと実感としてはわかんなかったんですよ。あのその底つきさ加減みたいなのがね。

向谷地:その辺をですね少し知って頂いて浦河のことをちょっと紹介するのは下野君にべてるの紹介を歌っていただいて。

 

♪べてるの家の紹介の歌♪
作詞・作曲 下野勉

北海道浦河町は 日高の襟裳岬に近い

人口1万6000人の 小さな街です

浦河では昆布がとれます 魚もイカも病気も釣れます

馬もいますし 今ではべてるも名物です

べてるの家の〜♪ 紹介の歌〜♪

べてるがはじまったのは 23年前に秋

街の教会の片隅で 昆布の袋詰めをはじめた

20年前には 10万円の元手で 昆布の産地直送をはじめ 全国に売りました

べてるの家の〜♪ 紹介の歌〜♪

15年前には会社を作り 2002年に作業所は 社会福祉法人になりました

まぐれでなりました

問題だらけのべてるですが すったもんだのべてるですが

地域を助け 地域に助けられ 今にいたってます

べてるの家は いつも問題だらけ〜♪

べてるの家は それで順調です〜♪

靴下が片っぽなくなったと言っては 警察に即電話

フライパンが焦げたと言っては 消防署に即電話

その後、本当に小火が起こって 消防署は相手にしてくれない

燃える 燃える 教会燃える

べてるの家は いつも問題だらけ〜♪

べてるの家は それで順調です〜♪

 

向谷地:ということなんですけどね。

田口:ねぇ。これみなさん聞いてさぁ、ほらおかしいでしょう?笑っちゃうでしょう?でもこれが自分の家族とか、べてるの家にいてね、それでいろいろ自分の親とか兄弟が「ぱーっ」とかなって家とかに火つけてたりとかしたらホント笑えないですよ。

下野:もう笑うしかないですね。

田口:ねぇ。私はだから笑えない家族として20年くらい生きてきたんですよね。もうなんていうんでしょう。あの笑えない時の苦しさはすごくよく分かるから。ここを笑う風に持っていったべてるっていうのはやっぱりすごいなっと思う。

向谷地:ホントですね。もう笑うしかない。

田口:ははは。だからそう、この底つき?もう笑うしかないっていう。

向谷地:本当にね。なんでフライパンが焦げたら消防署なの?というね。あの時はね、オウムが来て火つけたんじゃないかって本人が言っていてね。それで119番して。それから何日か後ですよ、本当に小火がでたのは。私も青くなりましたよ。

田口:青くなるよね。

向谷地:でもほんとにそんなことばっかりなんですよ。まぁそれも最近は少しは落ち着きましたけど。
社会復帰じゃなくて社会進出だって言って、とにかくみんなで町に出ようなんて言ってやってきたんですけど、もういろいろなことが起きました。ほんとに。ですからね、みなさん浦河の行ったら、べてるは大分評判悪いですからね。あまり期待して行かないようにしてくださいね。
でも私たちはね、それでいいって町の人たちに言ったら怒られますけども、人が生きていくってこういうことだよなっていう、それこそ信じ方っていうか諦め方っていうか、それでやってきたっていう感じですね。


投稿者: bethel-net